「soil(土壌)の時期である子ども時代を豊かに過ごせば、おとなになった時になんだってできる。」“森のひと” マット・ビボウさんと歩くポートランドの都市農園 Jean’s Farm と Mother Earth School
ポートランド市街地の南に流れる小川「Johnson Creek」の脇に広がる深い森。
街中から車で15分、のんびりバスに揺られてもせいぜい1時間の場所にあるその森の中に「Jean’s Farm」はあります。ゲートを入り土の道を下って行くと、さっきまで聴こえた車の音はあっという間に消え去り、もう、神秘的な木々と鳥の声に包まれている。一緒に出かけた子どもたちはすぐさま駆け出し、もう見えない。
本当にこの道で合っているのかな。
そんな不安が心をよぎったところで小さな目印が現れ、徐々に景色が開けてきました。ファームというよりも、森の中に人間が「間借り」しているという感じの場所。自然と寄り添うように、畑や小屋が建っているのが見えます。
現在この「Jean’s Farm」の管理を任されているのは、パーマカルチャー教育者であり、ファーマーであり、ポートランドのパーマカルチャーの実践的リーダーである マット・ビボウさん。彼は昨年秋に初めて来日も果たし、日本各地でワークショップやレクチャーを行いました。
初めて逢った東京でも、彼から感じた森の雰囲気。ホームであるJean’s Farmに身を置くマットさんはきらきらと輝き、この土地のエネルギーを体に満たしているよう。彼はここで仲間とともにファームを管理・運営するとともに、シュタイナー教育をベースにしたアウトドア学校「Mother Earth School」を運営、またパーマカルチャー教育者を育成する「IPEC(Institute of Permaculture Education for Children)」のCEOも務めています。
マットさんはマサチューセッツ州に生まれ、アウトドア好きの両親のもと自然の中で育ちました。子どもの頃からの自然への興味をそのまま持ち続けた彼は、ポートランド州立大学でサステイナブルエデュケーションと出逢い、現在までに、多くのコミュニティファームや学校における農園のプロジェクトに関わってきました。自然ととことん遊んだ子ども時代の体験を、大人になるにつれて学びとして深め確かな知識に変換し、そして今、その原理や叡智をもとに子どもたちに寄り添う ”森のひと“。
「soil(土壌)の時期である子ども時代を豊かに過ごせば、おとなになった時になんだってできる。」
自分自身の経験と今までの人生、そして数多くの実践を通じての彼の言葉は、強くやさしく、私たちの心に響きます。
「Mother Earth School」に体験入学
Mother Earth Schoolでは先生として子どもたちと毎日を過ごしてきたマットさんは、常に子どもたちへの気配りも忘れません。Jean’s Farmに到着するとまず、子どもたちを引き連れてのファーム見学ツアーがはじまりました。
彼とともにゆっくりとファームを歩くと、さまざまな風景が見えてきます。たくさんの種類のベリー、食べられる花、チェリーやハーブなど、つまみ食いをしながら、そしてサラダの材料を摘みながら進むと、子どもたちが釘付けになる何かが。にわとり小屋です。
子どもたちだけが小屋の奥に呼ばれ、そーっと木箱を開けると、大きなにわとりと一緒に生みたての卵が。まだほかほかとあたたかいその命の恵みを、子どもたちは直に受け取ります。少しずつ大きさや色が違う卵たちを大切に手に取り実感するひととき。この卵はそのままアウトドアキッチンへと運ばれ、このあとのランチの材料になります。
Mother Earth Schoolではこの他にも、飼っている蜂の巣箱からハチミツを採取したり、ヤギのミルクを搾ったり、羊の毛を刈ったりと、動物との関わりを積極的につくっています。動物たちに感謝し大切に想う気持ちを育むことは、子ども時代に欠かせないこと。そして、そのいただきものは併設されているアウトドアキッチンでみんなで調理し食べる。「農」と「食」をダイレクトにつないでいることも大きな特徴です。
自然に対して、感覚をひらくこと
腹ごしらえのあとは、森の中へ。ファームから一歩出れば、そこはポートランド市内とは到底思えない手つかずの森。Mother Earth Schoolの子どもたちにとっての、毎日のフィールドです。
耳を澄まして森の声を聴く。じっと観察する。たとえば、鳥が急に静かになったら、動物の毛が落ちていたら、足跡があったら・・・。いつもと違うという変化に、毎日をここで過ごしている子どもたちはすぐ気づくと言います。そのとき、「何があったんだろう?」と想像する。一人ひとりが感覚をフル稼働して想像をふくらませることは、おとなが「コヨーテがここで鳥を食べたのかもね」という一言で片付けてしまうことよりずっとずっと意味があり、自然を読みとる力を育みます。いつもと違う何かを起点に、無限に広がる空想の物語がはじまります。そこに、正解はありません。
パーマカルチャーというレンズを通して世の中を見てみると・・・
マットさんはパーマカルチャーについてのレクチャーのはじまりに、「パーマカルチャーとは自然を理解し知恵をいただき、それを人間のニーズに適用させること」だと説明してくれました。化石燃料に頼りすぎた状態で進んできた私たちの社会。これからどう緩やかにエネルギーの使用量を押さえ環境に配慮し、同時に人間の暮らしもよりよくできるだろうか。それを「クリエイティブなやり方で」考えることが、パーマカルチャーである、と。
自然に対抗したり搾取するのではなく、自然から学び、寄り添い、自然界の力を最大限に引き出すことで効率的な暮らしをデザインする。そこには現在進行形の実践とともに、誰にでも活用できるかたちでの原理原則が確立しています。その「パーマカルチャーというレンズ」を通じて世の中を見てみると・・・というマットさん独特の物語は、パーマカルチャー初心者の私にとっても非常にわかりやすく、なによりもワクワクするお話でした。
多様性あふれる場でこそ、最も学び合える
何かと何かが出逢う場所。そのエッジ(境界線)は最も多様性あふれる場であり、そこでこそ最も学び合える。森の中に寄り添うように、必要な部分だけを開墾して存在するJean’s Farmでも、最も野生動物が出現するのは、この森と畑の境界の部分だそう。
また、作物を栽培する際には、多種多様な植物を一緒に育てた方が効率的に育ち、モノカルチャー(単一栽培)は害虫に弱く、非効率であるということも既に明らかです。
人間社会も、驚くほど同じ状況。現代社会では職業がどんどん細分化し、子どもや老人の場が分けられ、それぞれの孤立化が進んでいます。さまざまな人が交わりあう多様性の中でこそ最も学び合え、境界を超えて協力しあうことで最大の効果を生み出すことができる。私たちは、自然の理に学び、状況を変えていくことができるのです。
また、このJean’s Farmという場、そのものが持つ多様性。ここはファームであり、学校であり、コミュニティであり、またパーマカルチャー教育を学びたい教育者たちや、農業を学びたいファーマーたちの学びの場でもあります。立場や年齢、人種、性別、職業・・・全てを超える交流が生まれ、この場を愛する気持ちを真ん中に発展し続けています。
みんなの目標を助ける機会「VBC Village Building Convergence」
ポートランドの活発な市民活動を語る上で欠かせないのが、NPO「シティ・リペア」の存在。マットさんは、行政と市民活動をつなぎパワフルに機能するこのNPOのコアメンバーとしても12年に渡り活躍しています。
彼はこれまで、ポートランドの公立学校における「スクール・ガーデン」のプロジェクトに多く関わってきました。公立の学校こそ、多様性の場であり、また「市内で多くの土地を所有しているのは誰なのだろう?」と調べてみると、1番は交通局、2番は学校。そんな場で自然を身近に学ぶ教育をしない手はないと、試行錯誤を続け、たくさんの実績を残してきました。
交差点をカラフルにペインティングし、コミュニティの共有空間を物理的に生み出す「交差点ペインティング」の活動で有名なシティ・リペアですが、その他にも、スクール・ガーデン内でのアウトドア教室やエコルーフ、コブオーブンづくり等のプロジェクトも長年に渡りサポートしています。
毎年6月には、町中でさまざまなプロジェクトが同時多発する ”体験型” イベント、「VBC (Village Building Convergence)」が開催され、ポートランド市内はもちろんのこと、アメリカの他の町、そして世界中からこのVBCを目当てにやってくる人々は年々増加。このイベントの楽しみの核となっているのは、一緒に「つくること」や「はたらくこと」。ボランティアで各プロジェクトに参加し作業をサポートするとともに、パワフルな市民活動の現場を体感できる機会となっています。
そして、「シティ・リペア」は行政との橋渡しをし、市民活動のインフラを整えるとともに、何かを成し遂げたいという熱い想いをもつプロジェクト運営者を育成し、人がコミュニティを ”編み上げる” 方法を伝え続けているのです。
マットさんの今年のVBCのプロジェクトの一つは、Jean’s Farmのエントランスに大きな「鳥居」を建てること。去年訪れた日本でインスピレーションを受けたという「鳥居」。偶然にも日本から訪れた私たちが丸太を削り、そのプロジェクトをお手伝いすることができました。
彼は、パーマカルチャーをベースとした理想の社会のビジョンを明確に持ちながら、それを実行するアイディアや手段を確実に持つ、実践者。そんな彼の ”あり方” そのものが、私たちに、夢ではない、希望の種を手渡してくれます。
<こちらのイベントは終了しております>
【マット・ビボウ来日イベント】
9月10日(土) 15:30-20:30 @ デイライトキッチン
未来の希望を見に行こう。”アーバンパーマカルチャー・ギャザリング withマット・ビボウ”
DAY1 こどもとパーマカルチャー
https://www.facebook.com/events/965963830181389
9月11日(日) 15:30-20:30 @ デイライトキッチン
未来の希望を見に行こう。”アーバンパーマカルチャー・ギャザリング withマット・ビボウ”
DAY2 まちから起こす、やさしいかくめい
https://www.facebook.com/events/338565293148717
文・写真 : 佐藤有美
佐藤有美 (さとうゆみ)
cotoconton http://www.cotoconton.com
主に「こども」をテーマに、国内外を “隙あらば旅” するフィールドワーカー。レッジョ・エミリアやポートランド、ベルリンの教育機関や施設・公園・プロジェクト等を体験視察。執筆やプログラム実施を行う。2016年6月には、ポートランドのNPO シティ・リペアによる年に一度の“体験型”イベント「VBC(Village Building Convergence)」に参加するとともに、日本からも参加者を募りVBCやポートランドの暮らしを体感する “子連れ参加OK” のプログラムを実施。かれこれ約15年、チンドン屋としても活動。こどももおとなも一緒になって町を練り歩くパレード型ワークショップでは、音楽の楽しさと、場に伝播させるワクワクを伝えている。
こどもうちゅう連載「わたしたちの、光!」 http://kodomo-uchu.com
greenz.jpでも執筆中。http://greenz.jp
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