いつも淋しい問題と失ってからわかる大切なものについて。

この街を引っ越すかもしれない
そんな思いを巡らせた 数週間前から
いつも暮らしている街が 妙に輝き始めた

ひび割れた 住宅街の公道が
10分に一度だけ開く 古びた踏切のしましまが
高架下の喫茶店から望む 小さめの街路樹が

近隣の森に魅了されていたことは
しっかり 自覚していましたが
少し さびれた街の風景まで
自分が愛していたことには 驚きました

「 失って初めて 大切なものに気づいた 」

物語に こういう台詞はよくあるもので
初めて それを耳にした 十代のとき
(役者さんが とても上手だったのでしょう!)
その取り返しつかなさ
残念無念な感じにひどく衝撃を受けて
自分の人生においては そのような
浅はかな失敗は 絶対に避けたいと願いました

つまり それが どんなに細やかなものであっても
常時現在進行形で 大切なものは 大切だと
自覚していたい 自覚するぞと 意気込んだのです

しかし そのことで 巻き起こるのが
「いつも淋しい問題」でした
未来の喪失を先廻りする習慣が 常時現在進行形で
つきまとうようになったから

いまは こうだけど
ああなって こうなって
そうなっちゃうんだろう …というやつです

しかし いま
これを書いている いつも喫茶店
アルコール消毒で塗料がまばらな丸テーブル
前髪が揃った女性店員の強気ないらっしゃいませ

わたしの仕掛け罠に まったく掛からなかった
たくさんのものたちが ふいに色を持ち始めています

「 失って初めて 大切なものに気づいた 」

これは 浅はかな失敗ではないかもしれません

「 失って初めて 大切なものに気づいた 」

これは 喩えるなら
自分が 可愛いことを知らない仔犬
自分が 凛々しく美しいことに関心のない野鳥たち
無心に生命をまっとうするための閃光
少女漫画のはなびら
四畳半の贅沢品 …

 

 

投稿者プロフィール

村井砂織
村井砂織
白砂糖やNa塩、食品添加物不使用の有機スパイスシロップ屋 "ほっぺた” 店主。ライター。エディター。家族の闘病生活や8年間のカフェ営業、幼少期からの体調不良の改善を通じて、体を温めること、食の大切さを実感。体を温めることで起こる自然治癒力、感情や記憶、自己愛の発露に興味を持っています。ピアノ弾き語り、散歩、うたたね、小鳥、日本酒が好き。チネイザン(氣内臓)勉強中。

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