夢破れし人間を救う神は、神様らしからぬ顔をしている。

どこにも 行くところがなくて
よく 高幡不動尊を 散歩したものでした

境内も広いし 樹々や草花が 美しい
小鳥たちも可愛らしい 平日はひとも少ない
そしてなにより お不動さまのお顔が好きでした

インドで 寺院巡りをしたときも 驚きましたが
日本の神々にも 神様とはとても思えない
形相をした 仏像があるものです

高幡不動尊のお不動さまが まさにそうで
見あげると そら怖ろしい 魔物のような形相
お不動さまに仕える バックの眷属神たちさえ
刃物をチラつかせるように弄び 目がうつろ
病的興奮 狂気すら 感じます
見た目が 絶対 悪いおじさんなのです

本堂内は撮影禁止ですし
ネット検索で見つかる画像はどれも
三神の恐ろしさを表現できていないようです
それとも わたしが 眩惑されていたのでしょうか
実物はもっともっと ほんとに怖かったんですから

つらいときの自分は すごくまじめで
たぶん とても まじめに 苦しんでいるのです
そんなとき この三神の顔を ぼんやり眺めていると
ふと 我にかえるというか

かつて 神様に いくらお願いしようとも
無残にも 叶わなかった 現実があって
その虚しさと絶望感 無力感に折り合いをつけながら
やっと 生きながらえている 人間どもなのに なぜ
多くの神々から わざわざ こんな状態の顔を選んで
叱られるように お祈りしているのだろうと
その きまじめさに 吹き出してしまうのだ

記憶が 定かではないのですが
記憶が定かでなはい ということは
どこかのお店で お酒を飲んでいたときでしょうか

たまたま 隣にいた 知らないひとに
お不動さまについての そんな話をしたら
お不動さまは 夢が叶わなかったひとの代わりに
あんな怖い顔をして 怒ってくださっているんだ
と 教えていただきました

だって 怒るって すごく疲れるし
自らを破壊するような 行為でもあるから

その話を聞いて わたしは もっと
お不動さまのことが 大好きになって
思い出しては 出かけるようになりました

それから 随分 月日が経ちますが
わたしは いまでも 怒ることが 苦手です

哀しむことことも 苦手
夢をみることも 苦手
挑戦するのも こわい
困っているひとに 手を差し伸べるのも 苦手
もちろん 助けを求めるのも 苦手
素直に 好意を伝えることだって 苦手だ

正しい 間違っているに 関係なく
街中で ネットで たまたま聞いた噂話のなかで
それらを 一心に行っている超人を 目の当たりにすると
彼らは 夢が叶わない人間たちの 代わりに
それらを やってくれているのではないか
そんなふうに 考える癖が ついてしまった

映画や小説 音楽などの作品のなかでも
そのような神々に 出会うことがある

癒されることもあれば
元気をいただくこともある
いたたまれない気持ちになることもあれば
胸をひどく かき乱され
一生立ち直れないような 気分になることもある

今回 この原稿を書くにあたって
お不動さまの由来や 御利益などを調べたのだが
いつか誰かが わたしに教えてくれたような逸話は
いっさい 記されていませんでした

夢破れし人間を 救う神は
神様らしからぬ 顔をしている
 

 

 

投稿者プロフィール

村井砂織
村井砂織
白砂糖やNa塩、食品添加物不使用の有機スパイスシロップ屋 "ほっぺた” 店主。ライター。エディター。家族の闘病生活や8年間のカフェ営業、幼少期からの体調不良の改善を通じて、体を温めること、食の大切さを実感。体を温めることで起こる自然治癒力、感情や記憶、自己愛の発露に興味を持っています。ピアノ弾き語り、散歩、うたたね、小鳥、日本酒が好き。チネイザン(氣内臓)勉強中。

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