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  • 子供は間違えるとき、とても大胆。そんな姿から失敗は成功以上の何かの素だと気づく。

子供は間違えるとき、とても大胆。そんな姿から失敗は成功以上の何かの素だと気づく。

コロナ禍に入ってから
気持ちのよいお天気の日は
公園で 考えごとをするようになりました
そんなとき ふいに 心を和ませてくれるのが
あほな 子供たちです

楽しそうに かけっこしながら
公園の植え込みくらいは 余裕で
飛びこえられると 感じたのでしょう
ジャンプして枝葉に足を引っかけ 転倒 号泣

帽子いっぱいに集めた 蝉の抜け殻を
こちらに 披露しにきてくれたものの
遠くから 友達に呼ばれて
いつもの調子で 帽子をかぶり
抜け殻を全身に浴びて 号泣

もちろん 大事に至らなかったから ですが
泣いてる顔も可愛らしいと 感じてしまいます
痛い目に合ってしまったのですから
こちらは 微笑まないように がんばります

それにしても
こんなに 大胆で さわやかな失敗は
大人の世界では なかなか 出会うことができません

大人は おそるおそる 間違えますし
失敗する可能性があるときは 事前に
対処策を入念に 練ったりするからです
それでも 間違えちゃったときは
誰も見ていないところで 泣きます

第一に ひと目を過剰に 気にします
第二に 自身のプライドや
心が 傷つくことを 大変恐れます
それは 決して 狡猾とか 弱虫なのではなく
傷ついて 大変だった経験が 過去にあるからです

私は以前 低体温の改善から
温活シロップ屋さんに転身 そして
心と身体の深い情報と繋がる 古代陰陽五行に興味を持ち
現在 チネイザン(氣内臓)という療法を
落ちこぼれつつ 学んでいます

実地試験のとき 主催の大内雅弘先生が
「間違えるときは 堂々と間違えて。」
と 何気なく おっしゃったのですが
その言葉が なぜか ずっと 心に残っていました

ある意味 とても厳しいお言葉だと思ったからです
だって それなりに努力したり 鍛錬したり
自信がないと 堂々と 間違えられませんからね

それか まったくの素人です
堂々と失敗できるのは …
まっさらな 初体験 つまりは青二才

自分が 間違えることで
大切なひとに 痛い思いをさせてしまったり
関係者や周囲には どんな迷惑がかかって
どれだけの人々の親切心や プライドや 心を
深く傷つけてしまうことになるか …
なんにも 想像できないくらい
無垢で 未熟で 子供っぽいってことです

私の場合 なりえるのは 当然 後者のほうです
いえいえ どんなに 立派な大人でも
初めてのことって 案外あるものです

そういう人は きっと
清々しいくらい 大胆に 失敗して
堂々と痛いめにあい 大変なことになるのです

誰かを傷つけたり 困らせたり
怒らせたりするつもりなんてなかった
自分が こんなに痛くて 恥ずかしい思いをするなんて
そんなことを 想像もつかないくらい 未熟だったから
堂々と 間違えてしまったのです

ただ そんなとき
過ち経験組 はたまた
不本意にも 誰かを傷つけてしまったり
傷つけられたりして
想像力が 豊かになっちゃった組は
その屈託のなさ 馬鹿さ加減を
自分の思い出と かさねて 苦笑いや
吹き出すことを 我慢しても わざわざ
責めたり 嘲笑ったり 貶めたりはしないでしょう

失敗は成功の素と よく言いますが
もっと違う 別のなにかの 素かもしれません
過去の自分の大失敗は きっと たったいまの自分に
とても大切な なにかの素だと思いました

 

 

投稿者プロフィール

村井砂織
村井砂織
白砂糖やNa塩、食品添加物不使用の有機スパイスシロップ屋 "ほっぺた” 店主。ライター。エディター。家族の闘病生活や8年間のカフェ営業、幼少期からの体調不良の改善を通じて、体を温めること、食の大切さを実感。体を温めることで起こる自然治癒力、感情や記憶、自己愛の発露に興味を持っています。ピアノ弾き語り、散歩、うたたね、小鳥、日本酒が好き。チネイザン(氣内臓)勉強中。

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