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ベイエリアの食育レポート 第一回:コンシャスキッチン

サンフランシスコとその周辺地域をベイエリアとよびますが、ベイエリアは、全米でいち早く学校教育の中に食育というものを取り入れた、マーティンルーサーキング中学校の食育プログラム、エディブル・スクールヤードがあることでも有名で、食に対する意識が高い人が多く住む地域のひとつです。

子供たちがガーデンで育てた野菜も給食のメニューに取り入れられる。

しかし、だれもが、オーガニックでローカル、旬の食材を口にしているかというと全く違って、アメリカの他の地域と同様に、多くの人がファーストフードを利用したり、大手のスーパーで安価に買える食材を利用したり、というのが現状です。地域のオーガニックの食材は、オーガニックでないものに比べて価格が高いためまだまだ定着せず、また、それを買う余裕のある人たちの中にも、現在のフードシステムのあり方に意識を向けずに、オーガニックでないものを選択する人もたくさんいます。
そういう中でも、なるべく安全な食材を選択することによって、このフードシステムを変えていこうと頑張っている人たち、食育に真剣に取り組んでいる人たちがいます。そのような人たちやプログラムの紹介をしながら、ベイエリアの食育のあり方をこれからお伝えしていきます。

校庭に面した日当たりのよい多目的スペースの一角にコンシャスキッチンはある。給食の時間にはここがカフェテリアになる。

第一回目はThe Conscious Kitchen (コンシャスキッチン)です。

サンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡ってすぐのところにマリン郡があります。マリン郡にあるサウサリート、マリンシティーという街は、マリン郡の中でも低所得者の人口が集中しているところです。今回紹介させてもらう、ベイサイドMLKアカデミー小学校に通う子供達のほとんどは、低所得者の家庭の子供たちであり、教育省の援助によって、朝と昼の学校給食を無料、または割引価格で食べています。
その給食を全てFLOSN = Fresh, Local, Organic, Seasonal, Non GMO (新鮮、オーガ ニック、 地元産、旬、遺伝子組み換えでない)の給食に変えたのが、「The ConsciousKitchen」というプログラムです。今回と次回、2回にわたって、「The Conscious Kitchen 」のエグゼキュティブディレクターのジュディー・シルズさんのお話を紹介させていただきます。彼女は「Turning Green」 という組織のリーダーとして2006年から活動しています。「*The Conscious Kitchen」 はその組織の一環として始まりましたが、今ではジュディーさんの活動の中心的プログラムになっています。

*The Conscious KitchenのConscious (コンシャス)は、環境、健康などすべてを「意識した」、という意味あいがあります。

お花は毎食必ず各テーブルに飾られる。

以下、ジュディーさんのお話です。

私の夢は、「The Conscious Kitchen」がすべての学校に広まり、すべての子供達が滋養ある給食を食べられることです。これはこれからのわたしたちの未来にとって大切なことです。
わたしは以前から学校の給食制度に疑問を持っていました。学校給食で出されている食事は栄養もなく粗末で、また、無駄の多い給食制度を変えたいと常々思っていました。わたしは、「Turning Green」 という「The Conscious Kitchen」の親組織のリーダーとして、何年もの間、まわりにいる親たちみんなに、わたしたちが給食制度を変えることができる!と言ってきましたが、実際にはなにも行動に移してはいませんでした。以前から学校の給食制度を変えたいとは思っていたものの、「できない、難しすぎる」という思いがいつも行動に移すのを邪魔していました。しかしいつまでも夢を語っているだけではなにも始まらない。始めようと一歩踏み出した私が思いついたのが、エコトップシェフチャレンジというイベントでした。

 エコトップシェフチャレンジとは、地元の7人の有名なシェフと7つの学校から選ばれた17人の生徒たちがチームを組んで、地元のオーガニックの食材で料理をつくる、というイベントです。出来上がった料理の説明を子供達がして、審査員によって優勝チームが選ばれます。
ここで有名なシェフに参加してもらうことで、より多くの人がこのイベントに興味を もってくれるだろうということと、子供達にとっても、プロのシェフと一緒に料理をつくることは、きっといい体験になると思ったのです。
子供達は地元のファーマーズマーケットで一緒に食材を選び、100人ほどのゲストに料理をふるまいましたが、ゲストたちは、5つ星レストラン並みの素晴らしい料理に驚いていました。この時わたしは、「これだったら学校の給食でも再現できる」、と確信したのです。翌年のエコトップシェフチャレンジでは、来ていただいたゲストに対して、「学校給食を変えるのにわたしたちの協力が必要な人(学校)はいますか?」と質問してみました。その時に手を挙げたのがこの学校、ベイサイドMLKアカデミー小学校でした。

列に並ぶこと、手を洗うこと、テーブルマナー、ゴミを分別することなどが、ガイドラインで明確にされている。

早速次の日、この学校の給食を見に行きました。そこで目にしたのは、給食の内容の粗末さ、そして、何も手をつけずに容器のままゴミ箱にポイと捨ててしまう子供達とそのゴミ箱の中に捨てられた食べ物の多さです。(*アメリカの給食は一部の学校を除いては、冷蔵された食事が各学校に配達され、それを温めて出す、というのが一般的です。メニューの例としては、ピザ/ホットドッグ/バーガー/パスタ、と野菜とフルーツ、それにミルクがつきます)というあまりのひどさにわたしは愕然としました。このとき、現在の給食制度を変えていく必要性を強く感じ、また、変えられると思いました。

まずは、エコトップシェフチャレンジの時にベイサイドMLKアカデミーと一緒にチームを組んで料理をしてくれたシェフ、ジャスティンに話をしにいきました。彼は、カバラポイントという高級リゾートでシェフを勤めていました。このリゾートはベイサイドMLKアカデミーのあるマリンシティーと同じ地区にありますが、マリンシティーとはかけはなれた環境にある高級リゾートです。彼に、学校給食を変えるのを一緒に手伝ってくれないかとお願いしたところ、最初は忙しいからと断られましたが、1週間だけの試験的な期間でエコトップシェフチャレンジと同じ料理を作ることには同意してくれました。

試験的な一週間の初日、わたしたちは、カフェテリアのテーブルすべてにテーブルクロスをしき、花を飾り、ナイフとフォークをセットしました。カフェテリアに入ってきた子供達は何も知らされてなかったので、まるで月にでも来たかのような驚きぶりでした。きちんと列に並び、シェフによって作られた料理をいただきました。おかわりをする子供達もたくさんいて、もちろんそのまま食べ物を捨ててしまう子供達などなく、 まったく無駄のない給食になりました。(アメリカでは、子供達は学年ごとに集まってカフェテリア(食堂)で給食を食べます) 次の日からは、先生たちも子供達と一緒に食べにきました。以前は先生たちが子供達と一緒に昼食を食べるということはなかったのですが、すべてが変わっていきました。 そして、一週間がすぎ、試験的期間も最後の日、これで終わりなのかというととてもさびしくなり、先生たちに、「わたしたちにこのまま給食を作らせてもらえませんか?」ときいたところ、先生たちは口を揃え、「お願いします。子供達を食べさせてください」と涙を浮かべながら言いました。

ゴミ、リサイクル、コンポスト(堆肥)を分別することで無駄のない給食を推進する。

次は教育長の許可をとることが必要でした。教育長とは昔からの知り合いだったので、すぐに手紙を書き、このプログラムを続けていっていいかと打診したところ、「もちろん子供達のためになることならぜひ続けてください」とうれしい返事をいただきました。予想外に簡単に物事が進み、私たちは新学期からマリンシティーのベイサイドMLKアカデミーで給食を担当することになりました。わたしたちにとっては全て新しい試みでしたが、学校がわたしたちを100%信頼してやりたいようにやらせてくれたからこそ実現できたのだと思います。

3週間後にせまっていた新学期までにすべてを揃えなくてはならなかったので、それはもう無我夢中でした。幸いにもたくさん人が協力してくれて、シェフのジャスティンの紹介で、閉店するレストランから、キッチン用品や道具などをゆずってもらい、メニューやレシピの開発をして、給食を作ってくれるシェフを探し、晴れて新学期当日に給食をスタートすることができました。最初の一ヶ月はわたしたちスタッフも総出で手伝いました。

そうして2年が過ぎたころ、同じ地区にある近くの小学校からも給食を変えて欲しいという依頼を受けました。この学校の生徒の父兄の中にとても熱心な人がいて、教育委員会に何度も掛け合ってくれたのです。その甲斐あって、2015年8月に、全米で初めて、全オーガニック、NON GMO (遺伝子組みかえでない)の給食を出す学区になったのです。これによって、わたしたちの活動もまたたくさんの人たちに知られるようになりました。最初わたしたちは、プレスリリースをみてせいぜい5、6人が連絡してくるぐらいだろうと思っていたら、何百人ものジャーナリストが集まりました。これほどの注目をあびるとは想像していなかったので、急遽ウェビナー(オンラインセミナー)を作成し、一度にたくさんの人に話を聞いていただくことが可能になりました。

(次回に続く)

The ConsciousKitchen www.consciouskitchen.org

文・写真 : ウィードリン ハルエ

ウィードリン ハルエ

カリフォルニア州バークレーに在住約20年。3人の子供たちの母親。マッサージセラピスト。
子供たちが通ったキング中学校のエディブル・スクールヤード(食育菜園)に8年前からボランティアとして参加し始めたのをきっかけに、ベイエリアの食育にますます関心を持つようになった。現在はエディブルスクールヤードで、ファミリーナイトアウト(生徒とその家族と一緒に料理をして食卓を共にするプログラム)の手伝いをしている。 オーガニックで良質な素材にこだわったグラノーラなどを作り販売するTeaspoon Kitchenというビジネスを2016年に開始し、食を通して、またマッサージセラピストとしても、身心ともに健康になるサポートを続けている。ベイエリアのコミュニティーメンバーとして、食育に熱心な人やプログラムの紹介、そして親の目線からみた食育をレポートしていきたい。

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