その子らしく、育む。シュタイナー学園を選択した理由・第2回

その子らしく、育む。シュタイナー学園を選択した理由・第2回

都心から中央線下りの電車に1時間ちょっと揺られていくと「藤野」という駅があります。ちょうど山梨県と神奈川県の県境にある藤野は、山と湖に囲まれた小さな町。そんな藤野の駅からさらに車で山道を10分ほど登った先に、学校法人シュタイナー学園があります。

豊かな自然の中で、小学校から高校までの12年間、シュタイナー教育を行う私立の一貫校。(昨年学校の隣にシュタイナー保育園も開園)わたしの娘はこの学校に通っています。

第1回では保育園に馴染めず苦しそうだった娘が、曲げられることなくのびのび過ごせる場所を探し、入学を決めるまでを書きました。今回は学園に入学し、里山に引っ越しをし…学園に通い始めてからの娘の学びの様子や、訪れた変化について書いてみたいと思います。

年長の秋、予定していた公立小学校への進学から急転換。シュタイナー学園への進学を考え出したものの、入学までには5ヶ月しかありませんでした。

その間に家探し、入学試験、引っ越し、第二子の出産もしなくてはいけないなんて…と途方にくれそうになりましたが、たくさんの人の力を借りてなんとかかんとか、夫と娘と、生まれたばかりの息子も一緒に、湖のほとりの古い一軒家に引っ越した3月の終わり。

やればできるものなんだなあ…と迎えた入学式。

入学前に子どもを連れて参加できるイベントがあり、娘は数回学園を訪れていました。その時、とても楽しそうに自然に過ごせていて、当時家族以外の人と接する時は固い表情で押し黙ってしまうことがほとんどだった娘も、ここだったら家で過ごしているような姿で学校生活を送ることができるのではないかな、という期待をわたしは持っていました。

■「自分のことが大好き!」と胸を張って言うようになりました。

各教室に「季節のテーブル」という、その季節を感じる装飾が施されたスペースが設けられているのもシュタイナー学校の特徴の一つ。

シュタイナー学園は一学年一クラス、担任の先生は基本的に8年生(中学2年生)まで変わりません。担任をしてくれることになったのは明るく、包容力たっぷりの女性の先生でした。

入学初日にあっという間にお友達もでき、毎朝のように「行きたくない」と言っていた保育園とは打って変わって、まったく嫌がることなく学校に通うようになった娘…だったのですが。

それでも、クラスの中では声を出すことができませんでした。

朝教室に入ると、子どもたちは先生のところに挨拶に行きます。先生は「おはようございます」と言いながら、一人ひとりをぎゅっと抱きしめてくれます。みんなが安心して先生に身を委ねる中、娘の身体はかたまっている。家で遊ぶ時には息もつかずにおしゃべりしているお友達とも、教室の中では話せなくなってしまう…。

娘はよく学校で習ったことを話してくれました。最初に絵を描き、そこから成り立ちや意味を知って、一つの漢字を書いたこと。100個の木の実を拾い、数えることから足し算ひき算をおぼえたこと。娘の学校での学びを見たり聞いたりすることは、いつも新鮮な驚きがありました。

クレヨンや色鉛筆を使い色とりどりに描かれるノート。

先生は娘の小さなことをたくさん拾いあげてくれていました。かけっこが速かった、字がきれいに書けた、教室のすみを丁寧に掃除していた…見逃してしまいそうな一つひとつに「すごいね」「きれいだね」「すてきだね」と声をかけてくれ、保育園の頃、出来ないことばかり指摘され自信を失っていたように見えた娘は、学校に通い少し経った頃からことあるごとに「自分のことが大好き!」と胸を張って言うようになりました。

彼女の変化した部分が嬉しく、楽しく学校に通えることが嬉しく、それでも変化しない部分に対して、わたしは不安があったのです。

挨拶も返事もできない様子を見るたび、先生やクラスのみんなに「すみません」「ごめんね」と謝りたくなり、「謝る必要なんてないんです。あの子のタイミングを待ちましょう」と何度先生に言われても、この環境でも自分を出せない娘に、焦りのような気持ちがありました。

■わたし自身が娘とほかの子を比べ、「できないこと」ばかりに目を向けていたのだと気づいたのです。

誕生日に先生やお友達からもらったお花

そんな気持ちが変化した、心に残っていることがあります。娘のクラスは、誕生日にクラスメイトが花と手紙を持って行き、お祝いをすることになっており、誕生日の子どもの保護者もその会に参加できるので、娘の誕生日会にわたしも行きました。みんなが花を手渡し「おめでとう」と言ってくれたり、出し物の動物のモノマネをしてくれたりした後、娘がお礼を言う時間が訪れました。みんなの前に立ち「ありがとう」と言ったのですが、声は出ず口が動いただけの「ありがとう」でした。それでも、クラスの子達は口々に「聞こえたよ!」「聞こえたよ〜」と言ってくれたのです。

それを見ていて、焦らなくていいんだ、とやっと、心から思うことができました。娘らしく育ってほしい、そう思ってシュタイナー学園を選んだのに、どこかでわたし自身が娘とほかの子を比べ、「できないこと」ばかりに目を向けていたのだと気づいたのです。集団の中ではなかなか話せないことも、彼女らしく育つための一つなのかもしれない。

そんな彼女はちゃんとみんなに受け入れられている、と思えました。そして、そんな風にそのままの姿を受け止めてもらえる環境の中で、娘はすこしずつすこしずつ、ほどけていきました。

2年生最後の発表で、娘はクラスのみんなと一緒に声を出して発表していました。その少し前から家で「もうみんなの前で話せるようになった」と高らかに宣言していたのですが、実際目の当たりにすると、涙が出るくらい感動してしまいました。

■「できた」も「できない」もなく「楽しい」と言える。

ひとつの事柄を「できた」か「できない」かで判断しないこと。「できた」「できない」の間には、たくさんの過程や段階があって、その過程や段階の中にこそ一人ひとりの「学び」の姿があるんだな、と学園の学びを通して感じています。

6年生の教室。教室の色彩はその年齢に相応しいといわれる色でそれぞれ塗られている。

シュタイナー学園ではテストも成績表もありません。(高学年になると理解を確認するためのテストや評価はありますが)でも点数を競ったり、誰かと比べたりすることに捉われず、子どもひとりの姿を見てみれば、どの子もなんておおきく成長しているんだろう、と思うのです。たくさんの漢字を覚え、計算を覚え、月の満ち欠けや暦を覚え、編み物を覚え、種から稲が育つことを覚え…昨日よりも出来なくなったことなんて、みんな一つもない。毎日、新しい何かに出会い、何かを得て。

娘はどの授業のことも「楽しい」と言います。掛け算なんて、聞いていると「あなたできてないところあるんじゃない?」と思ってしまう部分もあるのですが「できた」も「できない」もなく「楽しい」と言える。そんな姿に、学ぶ楽しさに思う存分浸れるっていいなあ、すごいなあと思うのです。

シュタイナー学園は「一人ひとりが、その子らしくいれる学校」だと感じます。そんな学校に通うと、子どもは素直に育って、トラブルなんて起こらないですか?というようなことをたまに聞かれるのですが、そんなことはもちろんなく、トラブルは起こるし、その度こちらの心は揺れています。ですが「素直に育つ」ということは決して「問題が起こらない」ということではないのじゃないかな、ということも、シュタイナー学園で過ごす子どもたちを見ながら感じていることの一つなのです。

娘は現在3年生。秋には9歳になります。だんだんと幼さが抜け、時には友達と対立したり、反感を持ち合ったり。意地悪な感情やちょっとした狡さが見える時もあります。わたしの中に「子どもはまっすぐであるもの」という意識があったのだと思います。初めて子どものそんな部分に出会った時は大いにうろたえてしまったのですが、そんな時にも、はっとさせられたことがありました。

2ヶ月に一回のペースであるクラスの保護者会でのこと。子どもたちの様子を話す中で、「善と悪、両方持っているのが人間。善だけで生きていける人間なんていない。」と先生が言いました。

その言葉がガツンと響いたのです。卑怯なことは一度もしたことがない、そう言い切れる大人なんてきっといないはずです。誰もが弱さも醜さも持っていて、でもそんな自分を知り、認めることが出来て初めて、そんな部分を誰かに向けない人間になりたい、と思えるのかもしれないな、と先生の話を聞きながら思いました。

■人はみんなちがうから、好きなことも、感じることもそれぞれ異なる

大人になっても誰かや何かを傷つけて、気付くこともできない人だってたくさんいる。自分の中にある意地悪さや狡さと、どう向き合っていけるのか。そんなことこそ、「成長する」ことなのかもしれない、と思うと、子どもたちの心の中に決して善だけではない、いろいろなものが芽生えるのは人として当たり前のことで、それらとどう向き合うかを学んでいる最中なのだと捉えるようになりました。

人はみんなちがうから、好きなことも、感じることもそれぞれ異なる中で、傷つくことも傷つけることも時にあるのだと思います。そんな時どうやって歩み寄るのか、分かり合おうと出来るのか。学校という場所でこそたくさんの「問題」は生まれるはずだし、それを抑え込むことなく向き合っていくことが大切なことなのだと感じてます。

とはいえ。そうは思っていても、目の前に表れる出来事一つひとつには、毎度動揺したり悩んだりもしてしまうわけで。そんな時は、揺れた心そのままに、先生やクラスの保護者の方と話したり、相談したりしています。子どもを育てるという大層なこと、抱えきれないように感じる時、8年間という時間を共に見守ってくれる先生や保護者の方々がいることに、わたしは今、とても助けられています。

娘がシュタイナー学園に通うために、わたしたち家族は多くの変化が必要でした。都内から離れた里山に暮らすということは、デザイン会社を営む夫の拠点も変わることになり、仕事に影響があるかもしれないなあ…と漠然とは思っていましたが、思っていた以上の影響を受け、最初の1年は困り果ててしまう時もありました。大ピンチでしたが、そんなピンチは、仕事をすることと暮らしを築いていくことに対して、改めてわたしたち夫婦が向き合うチャンスにもなったのでした。

子どもはどんどん変化し成長していくけれど、大人が変化する、まして成長なんてするのはとてもとても難しい。だから強制的にそんなきっかけを貰えたわたしたちはとてもラッキーだったんだと思います。そこにはシュタイナー学園のある藤野という場所の影響もあるかもしれません。次回はそんな藤野という場所のことや、今も試行錯誤しながら変化しているわたしたちの暮らしについても書きたいと思っています。


中村暁野(なかむら あきの)

家族と一年誌『家族』編集長。Popoyansのnon名義で音楽活動も行う。8歳の長女、2歳の長男を育てる二児の母。2017年3月に一家で神奈川県と山梨県の山間の町へ移住した。『家族』2号が1/14に刊行。現在販売中。

http://kazoku-magazine.com

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