The Garden Revolution! - 菜園革命!

The Garden Revolution! – 菜園革命!

こんにちは。神奈川県逗子市在住のパーマカルチャー母ちゃん、小野寺愛です。

昨日まで1週間、イタリアのトリノにて、スローフード・インターナショナルが主宰する2年に1度の食の祭典「テッラ・マードレ」に参加してきました。

トリノのポー川沿いに広がる美しいヴァレンチノ公園には、世界の食を楽しめる数百のブースが並び、王宮は世界中のお酒を楽しめるエノテカになっていて、劇場ではあらゆるジャンルの講演や、世界中の食にまつわる映画を上映している。大学は農業、漁業、養蜂、先住民文化、料理、教育などさまざまなジャンルで世界中からの代表団がフォーラムを行う国際会議場に。トリノが町をあげて、町中で世界を歓迎してくれていました。

Terra Madre
テッラ・マードレ開始3日目にあたる9月24日(土)には、普段はオペラも鑑賞できる美しすぎるテアトロで、「菜園革命」と題したトークが行われました。登壇者は、

米国オーガニックの母アリス・ウォータース
ベイエリアのカリスマ・ゲリラガーデナーのロン・フィンリー
アフリカ10000の菜園プロジェクトのエドワード・ムキービ の3人。

アリスは「エディブル・スクールヤード」(※過去記事へのリンク)の創設者であり、スローフード協会の副代表でもあります。3人の登壇者は皆、ガーデン×社会変革の最前線で活躍する人々。こちらは、言うことすべてに頷きっぱなしです。全部覚えていたくて、メモを取る手が腱鞘炎になるかと思いました。

以下、そんなメモを起こした内容を、Riceball Networkでも共有させていただきます。Enjoy!!

Terra Madre
━ アリス
「米国カリフォリニアバークレーの中学校ではじめた菜園活動は、今年でもう21歳になります。それは、予想もしなかった展開から、自然とはじまったことでした。
 (アリスのレストラン)シェ・パニーズのそばに、荒れた中学校がありました。世界中から人が集まるUCバークレーがあるこの町で、どうやったらそんなに朽ち果てることができるの?というくらいに、暗いイメージの中学校でした。
 あるとき、同じ町に暮らす1人の大人として、何かできることがしたいという私のインタビューをたまたま聞いていたその中学校の校長先生が、電話をくれました。アリス、一度会いにきてください、って。もちろん、行きましたよ。校長と二人で学校を歩いていてすぐに、素晴らしいアイディアが浮かびました。草が伸び放題だった職員の駐車場を耕してガーデンに、ボロボロになってもう何年も使われていなかった食堂を改装して、キッチンにしたらどうかしら、って。
 人が学ぶのにいちばんいいのは、自分で手を動かすこと。やりながら学ぶこと。それは、モンテッソーリスクールの先生だった頃から、私の中で変わらないことでした。だから、菜園とキッチンができることで子どもたちがきっと変わる、というアイディアで校長と盛り上がって、それは興奮したものでした。」

「育てて、料理して、食べる。それをみんなで体験して勇気づけられたら、あとは自然が魔法をかけてくれます」

「菜園をはじめて10年たった頃、ガーデン授業、キッチン授業だけでなく、”給食” を学校の教科にしようと動き始めました。このランチマットを見てください。素敵でしょう?歴史の授業で学んでいるシルクロードの時代、食べ物はどこからどんな風に運ばれていたか。それがランチマットに描かれていたり、その時代に貿易された食べ物が実際に給食に出てきたり。給食を食べる時間が、言語や歴史を学ぶ時間にもなる。給食を食べることで、単位がもらえる。そんな風にしていきたい」

「いま、全米には1500の菜園プロジェクトが広がっていて、それぞれに行っている授業をウェブサイトにて無料で共有できるようにもなっています」

Terra Madre

━ エドワード
「僕は若い頃から、自分の暮らす地域と学校の食べ物のことが気になるような子どもでした。どうしたらいい?誰か助けて!と思っていたのが、成長し、アフリカの歴史を勉強することで “アフリカの土地は自分たちにしか守れない” と悟りました。そこで、”アフリカ10000の菜園プロジェクト” をはじめました。いま、スローフード協会の支援も受けて、まだまだ広がっています。
 菜園づくりは、まずは学校からはじめました。1000の学校菜園を作ろうと思っていましたが、それはすぐに達成されました。24カ国に、1000以上の学校菜園ができました。しかも、トップダウンではなく、草の根からのやりかたで。
 アフリカには、すべてあります。資源も豊富、日照時間も長く、明るい人たちがいる。ただひとつだけなかったのが、地域のリーダーでした。草の根からの運動で菜園を作る、というこのプロジェクトによって、地域のリーダーたちも育っています。
 いまは42カ国に3000以上の菜園が、アフリカ中に広がっています。毎日毎日「私たちの地域でもやりたい」というメールが届きます。この1年間だけで、150通のリクエストがありました」

「菜園ができる前と後で、子どもたちに大きな変化があります。子どもと、そして先生にも、社会生活に変化が現れてきます。人に接する態度が変わります。
 昔、人は罰としてしか菜園に行きませんでした。植民地政権下で、自分の母語を話せば “畑を耕してきなさい” と言われました。やらされている畑ではなくて、皆の興味からはじまる畑でなくてはなりません。そのためには、畑にどんな作物を植えるか、そのデザインから皆で取り組む必要があります。自分たち自らが参加し、計画すると、態度がネガティブからポジティブに変わります。
 菜園に関わった1万人の子どもたちを見てきましたが、みんな、新しい人に話しかけるようになります。菜園で出会う人は安心、と感じるようになります。これまで、知らない人に話しかけるのは怖いと思っていたような子どももです」

━ アリス
「それを聞いて、どうしても共有したくなった話があるわ。サンフランシスコに、刑務所が運営する畑があります。私がそこの有機野菜を “買いたい” と言うと、オーナーが “ただ買うのはダメ。いちど見に来なきゃ売らないよ” と言うの。刑務所は怖いイメージだったし、行きたくなかったけれど、そこの野菜が欲しくて、刑務所に行きました。するとそこには、7エーカーの素晴らしい畑が広がっていました。
 3年間、刑務所と外を行ったりきたりの囚人に話を聞く機会がありました。彼が言うの「ここにきて、初めて畑作業をした日は、僕にとって人生最良の日でした」って。刑務所から釈放される日には「ここを出たくないと思った。まだ畑作業を続けていたかったから」と感じたそう。…刑務所でできるなら、学校でだってできるはずでしょう?」

Terra Madre

━ ロン
「畑仕事が罰だってこと、よくわかります。放送禁止用語かもしれないけど、奴隷時代からの刷り込みがある。罰=奴隷だから、みんなやりたくない。
 だから、俺は畑仕事=ガーデニングを文化に戻したい。すべての生命は土から生まれるんだから、そこに携われるなんて素晴らしいじゃないか。奴隷時代の人たちは、畑作業を “しなくてはならなかった”。今の時代、土はゴールドを生むゆりかごなんだ」

「農業のこと、Agricultureって言いますね。agri-”culture”、つまり、文化なんだ。土があったら何ができるか。そんなクリエイティビティーを働かせるための場。ガーデニングしてるやつがモテる、菜園がセクシー、そんな空気を作りたいですね」

「俺が畑作業をはじめたのは、家の前にコンドームが捨ててあるのを見たとき。あまりにセクシーじゃない風景に嫌気がさして、コンドームを捨ててヒマワリを植えたんだ。その頃ちょうど、家からかなり遠くまで離れた場所までいかないと健康的な食べ物が手に入らない毎日にうんざりしていた頃だった。近所には酒屋しかない。なんで1000人も人がいるこの地域で、新鮮な野菜が手に入らないんだ?もう、うんざりだ。
 地産地消、ローカルがいいなんてみんな言うけど、俺はハイパーローカルを求めていた。近所じゃまだダメ。どローカル、つまり、自分の家に野菜がほしかったんだ」

「家に野菜を植えはじめてすぐに、それが楽しくなってきた。そうだ、公園にも植えてやろうと思った。近所の空き地にも。え?そんなこと勝手にして、苦情が来なかったかって?来たよ。あそこの土地にニンジンを植えてる狂ったやつは誰だって通報されて、捕まったこともある。でも大丈夫、有名人になれるぜ。みんな、土から食べ物ができるのは “変わっている” ことで、庭には芝生しか植えちゃいけないって思い込んでるんだな。15年間雨が降ってないカリフォルニアで、あれほど水を食う植物もないっていうのに」

「思い込みの度合いがヤバいところまで来てると思う。良心も、文化も、全部変えていかないといけない。色と、手触りと、五感全部を使って。ゲリラガーデニングでやってるのは、菜園づくりだけじゃない。俺たちが本当に生きたい世界はどんな場所かってことを、実験しているんだな」

「空いている土地に、食べ物を植えよう。めちゃくちゃに簡単なことだけど、これをみんなでやったらどうなる?地球のまわりかただって変えられるよ。土を耕すことで、この星の良心を取り戻すことができる。ほら、ここに座って。人種も宗教も関係なく話そうよ、みんなで楽しくやろうよってとこまでいけるはずなんだ。みんなでやれば」

「俺は、明けても暮れても土を作っているんだ。みんな、土からもらった生命を食べて、ウンチを土に返している。そんな簡単なことをみんなと思い出すために、俺はガーデニングを続けている。
 ただそれだけのことなのに、最近、俺は大学に招待されたりする。大学だよ。この俺が。ほんとに?って聞いちゃうよね。で、大学で講演して面白いなと思うのが、頭のいい学生たちは “how to think – どうやって考えるか” を教わっているんだな。俺はアホだから “what to think – 何を考えるか” からはじめたんだ。何を考えるかを自分で決めることができたら、自分を閉じ込める壁はなくなるよ。
 いつも学生に話すのは、なんだって自由にできるよってこと。自分の人生を、自分でデザインしたとおりに生きていいんだよってこと。当たり前のことなのに、それを言うと学生たちは “本当に?” って顔をする。もともと壁なんてないのに。当然だろ、みんな平等に白いキャンバスを与えられているんだ。そこに何色から色をつけるかなんて、俺は知らないよ。自分で考えろよ。大きな企業や学校に決めさせんなよ」

Terra Madre

━ エドワード
「アフリカ10000の菜園プロジェクトでは、管理するのは地域のリーダー。学校の畑の管理人に保護者や祖父母が関わるというのは先進国での話。アフリカではそんなことはできない。まず、広大な地域に学校がひとつしかなくて、子どもたちは毎日遠くから歩いてきている。祖父母の弱った足で、そんな距離を通うのは難しい。それに多くの場合、まず家族が食べていくために両親共働きの家族が多いし、家の食べるぶんを畑で作るのも忙しい。保護者が学校の畑を手伝うというのも、アフリカではいい提案とは言えません。
 保護者を学校に誘うのは、収穫をして、収穫物を分かち合えるとき。収穫物を使って料理のクラスをして、無料で食事をふるまうことができるとき。ただ、年間の菜園計画は親も祖父母も入って考えます。どの時期に何を植えて、育てるときにどんなことに気をつけるか、みんなの知識を総動員して、学校の菜園を作ります。保護者が、大事な種をわけてくれるときもある。結果として、学校菜園が地域の知恵と種の集約の場となっている」

━ アリス
「いま、エディブル・スクールヤードには、(エディブルスクールヤード実施校の)マーティン・ルーサー・キングJr中学校卒業生が2人、今度は先生として戻ってきてくれています。私のレストラン、シェ・パニーズにいる22歳のインターンも、卒業生。中学校生活はたった3年間だけど、短い間でも、一度入れば、ずっと彼らの中に残るのよ。DNAの一部になるような感じね。
 その意味では、土に触れて食べ物をつくる体験は、幼稚園からはじめるのが一番いい。育てて、料理して、食べる、という流れが自分の一部になるから。子どもだけで給食室を運営するのもいい。農家さんとのやりとり、作る量と経費の計算、誰に何が向いているかという心理やコミュニケーションの勉強にもなる。調理室を設計するところから子どもたちがやるのもいいかもしれない。
 って、そんな話をすると、こう言う人がいるの。 “それは素晴らしい職業訓練ですね”。違う、そうじゃない。やりたいのは、五感に戻ること。世界への視点を変えること。そうすることで、人間性まるまるが育つから」

━ ロン
「そう、技術の話じゃない。これは、生きる力の話なんだ。食べ物の話だし、命の話。自分がどう自分であることができるかって話」

━ エドワード
「健康で正しい食べ物の側にあれば、人は、正しい側に生き、夢のある側にいようとしがみついていることができる。地域のリーダーとして菜園プロジェクトに関わっていたカンパラの大学生たちは、自分たちの大学の敷地内にも畑が欲しいと大学側と交渉して、見事実現していました」

━ アリス
「素晴らしいじゃない。そう、食べ物については、言って言い過ぎることはないの。だって、そうでしょう?子ども一人あたり5ドルの予算で、安全で美味しい給食と、その給食をつくる人の雇用を生むことができるっていうのに、なにを躊躇しているの? ”ホワイトハウスの裏庭に菜園ができて、素晴らしいですね” ですって?とんでもない。なぜ、正面玄関の側に作らないのって聞きたいわ。」

━ ロン
「そうなんだよ!俺の野菜はセクシーだから、正面側で見せびらかしたい。ただそれだけのことなんだ」

━ アリス
「本当に美味しいものを食べるとね、人は、必ずそれをもう一度食べたい、と思うようになるの。私にとって、フランスで食べた旬のアプリコットのジャムと、苺がそうだったように。本物の美味しい食事は、必ず人をテーブルに集めます。また戻りたくなるものなのよ」
 
━ ロン
「いいものが入ってきたら、いいものが出て行く。美しいものが入ってきたら、美しいものが出ていく。シンプルなことなんだよね」

Terra Madre

━ アリス
「この会場もそうでしょう?美しい装飾、本物の空間。場がこんな風だと、会話の質だって変わってくる。”できる” って感じられる。美しさの魔法を、もっともっと使いましょうよ」

━ ロン
「俺たちはファストフードと大企業の奴隷になってしまった。 “なぜあなたは、次世代を育てることにそんなに情熱を持つことができるのか?” だって?別に、みんなに伝えようとは思ってないよ。自分の周りに本当のことを集めておきたいだけ。だっておかしいだろ、うちの近所には教会が2つあるのに、オーガニックのリンゴは10マイル離れた場所に行かないと手に入らない。まじかよ、教会にも畑作れよ、なんのための教会だよって。
 子どもには、”君らしくあれ。君が君でいられるために必要なことを学べ” と教えなくちゃいけないっていうのに、代わりに ”気をつけろ” と恐怖をあおるメッセージを受けつけている。あれをするにも、これをするにもお金がかかるぞ。金を稼げなかったらのたれ死ぬぞって。そうじゃない。オーガニック野菜が4キロあったら毎日飲んでるその薬は、いらなくなるぜ。
 壁は、どこにもないんだ。ただ考えぬき、感じ抜けばいい。やってることの正しさがみんなに伝わるのは、時間の問題なだけ。絶対にやると決めて動けば、自然と結果はついてくる」

━ アリス
「私には、待っている時間がないの。もう、明日にも変えたいのよ、学校を。身体を動かすことは学校の仕事じゃなかった時代に、ケネディ大統領の英断で、体育が教科になったように、いま、食を教科にしなくちゃいけない。体育が教科になったことで、校庭にトラックができ、新しい教師の雇用が生まれた。子どもたちも、身体を動かすことで単位をもらえるようになった。それと同じ改革が、いま、食にも必要なんです。
 安心で美味しい給食を食べることで、子どもたちに単位をあげましょう。それが、農家を支える道だから。それが、子どもに “おいしく、きれいで、正しい” 価値観を伝える道だから。給食を学校の教科に。オバマが大統領である間に、ぜひ実現させたいことね」

━ ロン
「いま、俺は自分の考えに制限をつくる壁を取り払うだけじゃなく、家の壁も取っ払うことにした。土が育ててくれた野菜をシチューにして来る人に配っていると、アル中や薬中毒がたくさん集まってくる。大変じゃないかって?なんでもないよ。土が人に何をしてくれるか、考えてみてよ。俺のしていることはそれに比べたら、本当になんでもない、人は、そんなことも忘れてしまうくらいに、土から離れすぎたんだな。
 人間は、土から炭素を取り出して、それを土に十分に返していない。だから俺は、土を育てているんだ。植物を育てているんじゃない。土を育てれば、植物は種蒔きゃ勝手に育つ。みんなコンポストを嫌うけど、俺はコンポストよりセクシーなのは母なる自然くらいしかないと思っているよ。
 地球には、人間なんて必要ない。人間が絶滅したって、地球は続いていく。俺たちには、地球が必要なんだ。俺たちは自然の一部で、俺たちがオーガニックなんだ。土は必ず生命を生んでくれる。みんな、もっと土とセックスしようぜ」

若い人からの質問:
「みんなと危機感を共有したい。難しい話じゃなくて、今日みたいにセクシーなやりかたで人に伝えるには、どうしたらいいですか?」

━ ロン
「それは、俺だって模索中。でも、問題があるってわかってるなら、大丈夫。人に伝えることより、君が、君のやりかたで直したらいい。完璧なリーダーなんてどこにもいない。君自身が先導者で、リーダーなんだよ」

Terra Madre

皆さん、なんて素敵で、突き抜けているのでしょう。世界は広くて、もっともっと高みを目指しています。これなら、まだ間に合うかもしれない。日本でだって、まだまだ走り抜けていい。

素晴らしい大人たちに出会えた幸せと、頑張る勇気、もらいました。読者の皆さんが一歩踏み出すきっかけにもなれば、とても嬉しいです。日本でも、一緒に頑張りましょう!

文・写真 : 小野寺愛

aionodera小野寺愛(おのでらあい)
一般社団法人「エディブル・スクールヤード・ジャパン」アンバサダー

旅とウィンドサーフィンに明け暮れた学生時代、外資系証券会社勤務、国際交流NGO「ピースボート」勤務、船上のモンテッソーリ保育園「ピースボート子どもの家」運営を経て、現在、「子ども×自然×地域活性」をテーマとする一般社団法人「そっか」の共同代表。また、一般社団法人「エディブル・スクールヤード・ジャパン」のアンバサダーとして、全国にエディブル・エデュケーション(栽培から食卓までのつながり全体をいのちの教育と位置づけて行う食育)を広めている。三浦半島では「パーマカルチャー母ちゃん」として、小学校での大豆教室、映画上映会や、農園ピクニックなど、パーマカルチャー的暮らしを体験する場をコーディネート。逗子市立久木小学校では地域の親子と放課後菜園を運営し、農園併設型保育園「ごかんのもり」では関東全域から参加者を募り、実践型のワークショップを運営している。教育プログラムコーディネーターとして地球を9周し、のべ約6000人の人々と共に世界を旅する中で出会った「平和は子どもからはじまる」が信条。すべての大人が「私の子どもから私たちの子どもたちへ」と発想と行動を転換することがこれからの社会の鍵だと信じて、国内外で人のつながりを紡いでいる。1978年横浜生まれ、上智大学外国語学部英語学科卒業。神奈川県逗子市在住、三児の母。

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